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貼る注射器
将来的には予防接種にも?針なしの「貼る注射器」を名古屋大学が開発…どうやって薬剤を注入するのか研究者に聞いた
近い将来、針の痛みを感じずにワクチン接種を受けられる日が来るかもしれない…。そんな期待を抱きたくなる「注射器」が開発された。 【画像】「貼る注射器」が薬剤を打ち出す仕組み 名古屋大学の市原大輔助教らが開発したのは、針なしで薬剤を注入できる「貼る注射器」の試作機。研究結果は12月1日、学術論文として、アメリカ物理学会が発行する応用物理の専門誌「AIP Advances」に掲載された。 この注射器の仕組みは、薄い膜を皮膚に貼り、“衝撃波”で皮下組織まで薬剤を届けるというもの。薄い膜は縦と横が2センチ程度、厚みは髪の毛1本と同程度(0.1ミリ以下)だ。 これだけの薄さであれば、たしかに注射針を刺したときのような痛みは感じなさそうだ。しかし「“衝撃波”によって皮下組織まで薬剤が届く」といはどういうことなのだろうか。 “衝撃波”を当てることは体に影響はないのか?医療機器として実用化され、医療機関で使えるようになるのはいつ頃になりそうなのか? 気になる点を名古屋大学の市原大輔助教に聞いた。
衝撃波で膜を膨張させて薬剤をはじき出す
――「針なしで薬剤を注入できる注射器」を開発した理由は? 「衝撃波を使った針なし注射」というアイデアは流体力学の応用として、古くから検討されてきた話題です。ここで1つ問題となるのは、どうすれば強い衝撃波を簡単に生み出せるか、ということです。 これまでの手法では、例えば、「強力なレーザー光を集光させる」といった検討がされてはいますが、少なくとも一般家庭で実施する分にはとても簡単とは言えません。家にレーザー装置を持っている人など、ほぼいませんから。 一方で、コンセントはあります。雷のように電気エネルギーを使って、強力な衝撃波を生み出すことができれば、使いやすさという点で有利です。僕自身、これまで、放電や衝撃波に関する研究に携わる過程で、それぞれの現象に対する知見はたまっていました。 また、幸いなことに国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)主導の「創発的研究支援事業」にも採択いただき、資金面でも一定の目途が立ちましたので、開発をスタートすることができました。 ――どのような仕組み? 瞬間的な大電流で装置の一部を焼き切り、その際に発生する衝撃波で薄い膜を急膨張させて薬剤をはじき出す、という仕組みです。装置は3層構造です。 1層目は「基盤」、2層目に電気を通す「導電層」、薬剤を塗布する3層目には絶縁性の「隔膜層」という構成にしました。 2層目の「導電層」にはブリッジ部と呼んでいる“窪み”を設けています。「導電層」に向けてコンデンサーから大電流を供給すると、窪みで電流が集中することでブリッジ部を焼き切ります。 このような、いわば、“極微の爆発”によって発生した衝撃波は3層目を瞬間的に押し上げます。すると、薬剤粒子は3層目が押し上げられる勢いでもって打ち出され、皮膚内に貫入し、薬が注入されます。 今回の注射器は装置の中心部分を意図的に破壊することで初めて機能を発揮する仕組みですので、誤作動の心配もありません。 ――薄い膜のような「注射器」のほかに装置は使わない? コンデンサーの充電器を使います。昔の携帯(いわゆるガラケー)と同じで、専用の充電器をコンセントに繋いでコンデンサーを充電し、使用時には充電器から外して使います。コンデンサーは充電器の内部にあり、注射器本体には含まれていません。
「衝撃波で皮膚が傷つくことはない」
――衝撃波の体への影響は? 発生した衝撃波の大半は「導電層」と「隔膜層」との間に閉じ込められるので、注射と同時に衝撃波で皮膚が傷つくことはないと思います。 ――衝撃波で皮下組織まで薬剤が届くのはなぜ? 打ち出された薬剤がどこまで侵入できるかは打ち出す速度で決まり、皮下組織まで到達するには秒速1キロ(音速の3倍程度)を超える速度で打ち込まなければなりません。 そのため、「導電層」を「基盤」と「隔膜層」とで挟み込み、発生した衝撃波を閉じ込めることで「隔膜層」を押し出す圧力を、より高められるよう工夫しました。 これにより閉じ込められた衝撃波によって1万気圧を超える超高圧力が「隔膜層」を瞬間的に膨張させ、狙い通りの速度で薬剤を打ち出すことに成功しました。 ――これまでの研究では、この注射器を使ってどのような薬剤を注入した? まだ、薬剤の注入実験までは行えておりません。現時点では、薬剤を模した高分子剤を使用していますので、いわゆる薬としての効き目を検証するには至っていません。 ――注射する薬剤は、どのようなものを想定している? 最初の用途としては、「糖尿病」などの治療目的で、自分で注射しなければならない方をイメージしています。針がある注射器では液体の薬剤を使用しますが、この注射器では固形の薬剤を、直接、打ち込めます。 その後は、予防接種やワクチン接種の用途としても展開したいです。特に予防接種の多くは生後1~3歳ごろまでに集中的に行われます。 社会的なニーズが見込める一方で、大人と比べると子供の皮膚は薄く柔らかいので、技術的なハードルはむしろ下がります。針を使わないので、心理的な負担も軽減できるのではないでしょうか。
医療機関で使えるようになるのは数年以内
――医療機器として実用化され、医療機関で使えるようになるのは、いつ頃になりそう? 数年以内と回答させてください。医療機器の開発は様々なプロセスや審査を経て行われ、機械製品を開発する工程とは全く異なりますので。 ――現状の課題は? 注射器本体に関しては「薬剤の注入量をいかにして増やすか?」「医療機器として適切な製造方法は?」など、検討項目はたくさんあります。 注入量については、ブリッジ部を縦横に複数個並べる構成として、対応できると見込んでいます。価格も1回100円程度に抑えなければ、針がある注射と同程度にはなりません。 薬剤の塗布の仕方や周辺組織への損傷評価など、注射器本体の機械的な特性に加えて、形態的・形質的な検討を並行して進めている最中です。 「貼る注射器」は、注射針の痛みが苦手な人には実用化が待ち遠しいであろう。 現状は薬剤の注入実験を行っていない試作段階で、課題もたくさんあるようだが、これらを解決し、いずれはワクチン接種などで使用されることを期待したい。