▶ https://youtu.be/rXrxh1Z4YWM
■ 3行でわかる
① 1960年代、水洗トイレや殺虫剤の普及でハエ取り紙が売れなくなり倒産の危機に陥った岡山県倉敷市のカモ井加工紙は、米国企業が独占していたマスキングテープ市場に、厚さわずか0.09ミリの和紙テープで挑んだ。
② 長年ハエ取り紙の粘着剤を手作業で煮込んできた技術と、和紙専用に改造した自社設備による一貫生産で、シンナーや140度の熱に耐え手で切れるテープを生み出し、新幹線や超高層ビルの建設現場を席巻した。
③ 2000年代に工業用が頭打ちになると、東京の女性3人の提案から2008年に雑貨ブランド「mt」を発売して世界的なヒットとなり、模倣品が真似できない品質で今も工業用と文具の両面を支えている。
動画の概要
日本企業の興亡をドラマ仕立てで紹介するチャンネル「ビジネス戦記 -企業盛衰録-」が、岡山県倉敷市のカモ井加工紙を取り上げた回。ハエ取り紙メーカーが倒産の危機から工業用マスキングテープで復活し、さらに文具ブランド「mt」で世界的なヒットを生むまでの逆転劇を描いている。※動画は演出を交えた物語形式で、宇宙ステーションでの採用など一部のエピソードは動画内の説明によるものです。
主なポイント
1. ハエ取り紙の衰退と倒産の危機
- かつて伝染病予防のため日本中の家庭の天井に下がっていた黄色いハエ取り紙は、1960年代に水洗トイレと殺虫スプレーが普及すると「不潔で時代遅れ」と見なされ、売上が急減した。
- 倉敷の工場には出荷先のない在庫が積み上がり、機械は止まり、倒産は避けられない状況だった。
- 生き残りをかけて目を付けたのが、塗装の際に境界線に貼る工業用のマスキングテープ市場だった。
2. 米国製テープへの挑戦 ― 0.09ミリの和紙
- マスキングテープは1920年代に米国の3Mが発明したもので、当時の日本の自動車工場や建築現場は米国製を輸入して使っていた。
- 米国製は厚さ0.15ミリ以上のクレープ紙で、曲面に貼ると隙間ができて塗料がにじみ、剥がすときに紙がちぎれたり糊が残ったりする欠点があった。
- カモ井は、薄くても繊維が長く絡み合って破れにくい厚さ0.09ミリの和紙に着目した。ただし薄すぎるため、強い糊を塗ると引き出す際に破れてしまうという矛盾があった。
- 武器はハエ取り紙時代から鉄釜で松やにや天然ゴムを煮込み、気温や湿度に合わせて指先の感覚で粘着力を調整してきた職人技だった。配合を細かく変えながら試作を重ね、破れず糊残りもないテープを完成させた。
3. 自社一貫生産と過酷な現場への対応
- 市販のコーティング機では薄い和紙がちぎれて生産ラインが止まったため、機械を自ら解体して和紙専用に改造した。粘着剤の製造から塗工、巻き取り、裁断までを自社で一貫して行う体制を築いた。
- 自動車塗装ではシンナーの浸透と140度の焼き付け乾燥が壁になったが、表面を樹脂でコーティングする背面処理と、熱に強い粘着剤の配合で克服した。
- はさみを使わず手でまっすぐ切れる使い勝手も実現し、霞が関ビルに始まる超高層ビルの建設ラッシュや新幹線の塗装現場で指名される存在となり、米国製テープは日本の現場から姿を消したという。
- 動画では、糊残りが許されない国際宇宙ステーションでも採用されていると紹介している。
4. 工業用の行き詰まりと「mt」の誕生
- 2000年代、製造業の海外移転や、中国などから流入した10分の1の価格の安価なテープとの価格競争で、工業用の売上は頭打ちになった。大量ロット、地味な単色という工業用の常識が、一般消費者向けの市場への進出を阻んでいた。
- 転機は、東京の女性3人からの工場見学の依頼だった。工業用テープをちぎって重ねた美しいコラージュのノートを見せられ、「もっといろんな色で作ってほしい」と頼まれた。
- 色材を混ぜると粘着力が落ち、印刷しようとすると剥離剤がインクを弾くという新たな矛盾を、ここでも地道な試行錯誤で解決し、2008年に全20色の雑貨ブランド「mt」を発売した。
- 手でちぎれて何度でも貼り直せるテープは世界中で人気となり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やルーヴル美術館でも扱われるようになったという。
5. 真似できない「ブラックボックス」
- 100円ショップや海外通販には安価な柄物のマスキングテープがあふれるが、デザインはコピーできても、貼ってきれいに剥がせる品質は和紙の繊維と粘着剤の組み合わせによるもので、簡単には真似できない。
- 文具で大きな利益を得た後も工業用の生産ラインを捨てず、和紙の調達、独自の粘着剤配合、薄紙への塗工技術、特殊印刷、自社一貫生産という5つの強みを融合させている。
まとめ・結論
不潔なものとして社会から見捨てられたハエ取り紙のメーカーは、0.09ミリの和紙と職人の手作業による粘着剤の技術を磨き上げ、工業の現場から世界中の机の上までを支える企業へと生まれ変わった。動画は、デジタル技術や巨大資本では再現できないアナログな技術の積み重ねこそが日本のものづくりの強さだと結んでいる。
▶ 元動画を視聴する(ビジネス戦記 -企業盛衰録-)

