▶ https://www.youtube.com/watch?v=B-6UZYX9dNY
■ 3行でわかる
① 約20年前、関暁夫氏は土屋敏男プロデューサーの番組で、本の印税から100万円を銀行の窓口で引き出させられ、そのまま持ち去られた。関氏は「やらせだと思っていたら本当だった」と、今では絶対にありえない企画の裏側を明かしている。
② 土屋氏は「電波少年」で、初回のロケが前日に断られたことから「アポなし」を思いついた。猿岩石のヒッチハイク(視聴率20%)やなすびの懸賞生活(30%超)では、24時間×7日分の映像をADが書き起こしてVTRにまとめていたという。
③ 現在の土屋氏は、1964年の東京をVRで再現し、80代の夫婦が思い出の街を歩いて涙するような「タイムスリップ」体験を構想している。関氏のオンラインサロン「D.R.A」と組み、AIや米西海岸の最新技術で実現を目指すと意気投合した。
動画の概要
「進め!電波少年」などを手がけた元日本テレビの土屋敏男プロデューサーと、Mr.都市伝説の関暁夫氏が、20年ぶりに再会した対談動画です(約46分)。当時の無茶な企画の真相、伝説的なヒット企画の舞台裏、そしてVRやAIを使ったこれからの構想まで語り合っています。
主なポイント
1. 100万円は本当に持っていかれた
- コンビ解散が取りざたされていた時期に、土屋氏の番組で、ジュニアさんのためのクラウドファンディングのような企画に巻き込まれた。
- 都市伝説の本が売れ始めた関氏は、ATMでは引き出せない100万円を銀行の窓口で下ろし、そのまま渡した。お金は戻らず、番組も終わってしまったという。
- 当時の事務所である吉本に相談しても「土屋さんのやることだから」で話は終わった。関氏は「これも勉強だった」と振り返り、土屋氏も「悪いことをしたとは思う」と認めている。
2. 「アポなし」誕生秘話
- 松本明子さんが「住友金属のバスケット選手・岡山さんに会いたい」という企画で、取材を前日に断られた。それでも会社の前で一日中待ち、夕方ようやく会えた。
- 「会えるかわからないドキドキがあるから感動がある」と気づき、事前に取材のアポを取らない「アポなし」のスタイルが生まれた。
- 新聞のラテ欄が1行しかなかったため、短くてインパクトのある言葉として「アポなし」を自ら作り、打ち続けたという。
- タレントを守らないという、それまでのテレビになかった作りが新しかった。局内の報道局や営業局から苦情が来ても、「なら番組をやめます」と押し切ったと語っている。
3. 猿岩石・なすび企画の舞台裏
- 猿岩石のヒッチハイクは、沢木耕太郎の『深夜特急』と、自身の海外旅行での体験から発想した。出演者を売り出す狙いは全くなく、「香港からロンドンまでヒッチハイクで行けるか」という興味だけだったという。
- 現地で猿岩石が栄養失調で倒れたと連絡を受けたとき、土屋氏が最初に聞いたのは「どこから(カメラを)回してる?」だった。
- なすびの懸賞生活では、隣の部屋のADが24時間の映像を書き起こし、セカンドディレクターが選別して6分ほどのVTRにまとめていた。視聴率30%を超えると、会社は何も言えなくなったという。
- 土屋氏は自らを「街外れの個人」と表現し、アクセルを踏み続けるしかなかったと振り返っている。
4. 1964年の東京をVRで再現する構想
- 東京オリンピックの文化事業として、1964年の東京をVRで再現する「東京VR」を始めたが、コロナ禍で中断した。
- 渋谷で体験した80代の夫婦が、デートした頃の駅前を見て涙を流した。思い出のアパートまで作れば究極の幸福体験になる、と土屋氏は語る。
- 渋谷から国立競技場、青山一丁目あたりまでのビルのデータはすでにできており、AIで一気に進められる段階だという。
5. D.R.Aとこれから
- 関氏は、2028年のロサンゼルス五輪の頃に米西海岸で起きる技術革新を見据え、シリコンバレーやイーロン・マスク氏らに会いに行く旅企画を提案した。
- DMM内のオンラインサロン「D.R.A」と、災害に備える民間の避難所づくりや子どもの教育を担う「情熱カード」の取り組みを紹介し、土屋氏に顧問としての参加を呼びかけた。
- 土屋氏は、今の子どもたちに必要なのは直感を鍛え、リスクを取る経験をすることだと語っている。
まとめ・結論
コンプライアンスが重視される今では考えられない、テレビの黄金期の裏話が満載の対談です。人の感情を揺さぶるという企画の本質は、VRやAIの時代にも通用するとして、二人は「世界が見たことないものを作ろう」と新たな挑戦を約束しています。
▶ 元動画を視聴する(Mr.都市伝説 関暁夫の情熱が止まらない)

