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目次
3行要約
- ルイジアナ出身のモーガン氏によると、公民権運動の後、南部は人種差別を克服し、星条旗を掲げて「良いアメリカ人」になろうと努力してきた。
- しかしNAFTAなどのグローバル化と、9.11以降の戦争で南部の産業と若者は空洞化した。今では「南部はワシントンの植民地にすぎない」という意識が広がっている。
- 同氏は、優生学に代表される「科学的人種差別」は北部が生んだと指摘する。イラン戦争やガザを支援するワシントンと決別し、南部は北部から離脱したいと本音を語った。
階層的要約
1. 星条旗を掲げる南部の変化
- 今の南部では、家・教会・店・学校のどこにでも星条旗が掲げられている
- しかし南北戦争後は長く、星条旗を掲げず、独立記念日も祝わなかった(20世紀も南部連合旗が主流)
- 転機は公民権運動
- 連邦政府の圧倒的な力が南部に入り、白人が暴力で秩序を保つ「義務」から解放された
- 黒人を「同じ人間、神に造られた尊い仲間」と見る意識が育ち、モーガン氏が高校生になる頃には差別的な発言はほぼなくなった
- 南部の人々は、民主主義と自由を大切にする「良いアメリカ人」になろうと努力した
2. グローバル化と戦争による空洞化
- 1992〜93年頃、NAFTA(北米自由貿易協定)への不安が広がる
- 多国籍企業に勤めていた父が解雇され、家族は次の食事の心配をした
- 溶接・トラック運転・自動車整備などの労働者は、すぐに切り捨てられた
- 富は北部へ流れ、ニューヨークは豊かでも、ルイジアナ・ミシシッピ・テネシーは貧しいまま
- 9.11後、先輩や後輩が軍に入って戦場へ行き、精神を病んで帰るか、帰ってこなかった
- 「フライオーバー・カントリー(飛行機で通過するだけの土地)」と見下され、フェンタニル禍でアパラチアは貧困に沈んだ
- 仕事はメキシコ・ベトナム・中国へ。ワシントンは常に「憎むべき敵」(イスラム、中国、かつては黒人)を用意してきた
3. 「南部はワシントンの植民地」
- トランプ政権のイラン戦争で、南部の人々は「自分たちはずっと北部の植民地だった」と気づいた
- 2021年1月6日の議事堂事件で掲げられた南部連合旗は「夢の最後」だった
- ルイジアナでは、州上院議員がメタのデータセンターを誘致した
- 住民には道路の破壊、断水、停電、騒音の被害
- 政治家は周辺の土地を先に買い上げて利益を得ていた(癒着・腐敗)
- 1831年の「チェロキー・ネーション対ジョージア州」判決で、先住民は「国内の従属国家」とされた。南部も同じ扱いだと気づいた
- 南部の歴史家の著書によれば、南北戦争後の再建期に北部が南部にしたことは、イギリスがインドにしたことと同じ
4. 北部の「科学的人種差別」
- 南部の差別は「残酷さ」によるものだったが、北部の差別は「科学的」
- アメリカで発展した優生学はナチスに学ばれた
- アメリカ医学の発展の裏には、奴隷女性への人体実験がある(婦人科学など)
- ワシントンは負の遺産を吸収して、輝く文明を築いてきた
5. モーガン氏の本音
- 南部には反省すべき過去があるが、自分にも他人にも嘘はつかない
- 科学的な人種差別も、外国への空爆も、無関係な人々の殺害もしたくない
- 南部は一刻も早く北部から離脱したい
- 占領軍は日本にも南部にも残酷なことをしながら、それを隠してきた
- ワシントンが世界や南部、日本に与えた痛みの一部を味わってほしい

